隣の部屋から聞こえてくるのは

隣の部屋から聞こえてくるのは、男たちの叫び声でも女たちの嬌声でもなく、熟年の方々のカラオケ稽古の声であった。今日の稽古場の話である。彼ら彼女が最後に唄っておられた曲が気になる。と、役者のひとりが聞いてくださった。秋元順子の「愛のままで」というらしい。稽古場で隣から聞こえてきたときは、こんな名曲知らない!知らない俺はいままでなにか損していたに違いない!という思いに囚われていたが、事実あまりそうでもなかったかもしれない(youtubeで聞いてみたところ)。和田アキ子にはかなわないだろう。

あと、これまた役者の一人が森鴎外の『山椒大夫』すげえ!(まあ要約するとそういうことだ)といっておったので、青空文庫にて再読。確かにたまらんなぁ。

 正道はなぜか知らず、この女に心が惹かれて、立ち止まってのぞいた。女の乱れた髪は塵に塗れている。顔を見れば盲である。正道はひどく哀れに思った。そのうち女のつぶやいている詞が、次第に耳に慣れて聞き分けられて来た。それと同時に瘧病のように身うちが震って、目には涙が湧いてきた。女はこういう言葉を繰り返してつぶやいていたのである。
  安寿恋しや、ほうやれほ。/厨子王恋しや、ほうやれほ。
  鳥も生あるものなれば、/疾う疾う逃げよ、逐わずとも。
 正道はうっとりとなって、この詞に聞き惚れた。そのうち臓腑が煮え返るようになって、獣めいた叫びが口から出ようとするのを、歯を食いしばってこらえた。たちまち正道は縛られた縄が解けたように垣のうちへ駆け込んだ。そして足には粟の穂を踏み散らしつつ、女の前にうつふした。右の手には守本尊を捧げ持って、うつ伏したときに、それを額に押し当てていた。
 女は雀ではない、大きいものが粟をあらしに来たのを知った。そしていつもの詞を唱えやめて、見えぬ目でじっと前を見た。そのとき干した貝が水にほとびるように、両方の目に潤いが出た。女は目があいた。
厨子王」という叫びが女の口から出た。二人はぴったり抱き合った。

率直だ。率直万歳。ストレート万歳。ひとつひとつの感情(もっと違う言葉がほしいのだが)をきちんと抱きしめている。


自分のまわりを見渡すと、余計なものがくっつきすぎている。無駄にストレートが恥ずかしくなる。でも、まっすぐでいいのである。津田恒美である。なんのことだか。